インフォームド・コンセントについて---From 「NOから始めない生き方」 加藤友朗


聞きなれた言葉であるインフォームド・コンセントもよく考えてみると、加藤医師が下記引用に述べているように、理解なき同意となり得る恐れをはらんでいるといえます。


   加藤友朗・記ー
インフォームド・コンセントという言葉が、日本でもかなり普通に使われるようになってきた。中には「IC」などと略す人もいる(アメリカではあまり聞いたことがないが)。インフォームド・コンセントは今後の医療の方向性である患者参加型医療の根幹をなすものである。だからその知識が広く浸透してきたことはとても良いことだと思う。しかし僕は、インフォームド・コンセントの本当の意味が、日本ではまだ正しく理解されていない気がしている。
この言葉が、日本に伝わった当初、インフォームド・コンセントは「説明された上での同意」と訳されることが多かった。試しにこの言葉が出てくる過去の新聞記事を検索してみると、「十分な説明に基づく同意」、「十分な説明と同意」といった但し書きがついていた。僕はこの日本語訳が誤解のもとなのではないかと思っている。
これはおそらく「インフォームド(informed)」という単語が受動形であることからきているのではないだろうか。「インフォーム(inform)」は「説明する」という意味だから、これが受け身なら「説明された」「説明を受けた」という意味になるだろうということでこういう日本語が生まれたのではないだろうか。
インフォームド・コンセントでいう「インフォームド」の正しい意味は、知識を持っている、理解している、ということで、説明を受けたという受け身の意味ではない。辞書で調べてみればわかることだが、インフォームドインフォメーション(情報)を持っているという形容詞であって、説明を受けたかどうかということはあまり関係ないと考えてよい。したがってインフォームド・コンセントは、「理解した上での同意」と訳すべきではないかと、僕は思っている。確かに、内容を理解するための情報を提供するのは医療従事者側である。そういう意味でインフォームド・コンセントに説明は欠かせない。だからといって説明を受けていたって患者側が理解していなければインフォームドにはならない。この誤訳・誤解が、日本における患者参加型医療の妨げになってるのではないかと、僕は思う。

ところで皆さんはインターネットでよく見かける「利用規約」を読んだことがあるだろうか。ネット上で買い物をしたり、何かしらのサービスを利用したりするとき、やたらと文字数が多い「規約」画面が出てくることはよくご存じだろう。「同意しますか?」と聞かれて「いいえ」を選べば、そこから先には進めない。ならばとその文章をわざわざ読む人が、いったいどれだけいるだろうか。僕はほとんど読んだことがない。多くの人も僕と同じで、あまり深く考えずに「はい」を選ぶ。みんなサービスを利用したいと思ってそこにたどり着くのだから、内容を理解していなくても、ある程度信頼できる会社であれば「まあ大丈夫だろう」と思って同意するのである。
これでも僕は形の上ではインフォームド・コンセントをしたことになる。規約内容に同意しているからだ。しかし、これは本当の意味でのインフォームド・コンセントとはいえない。長文の規約内容の説明がなされていても、僕がその中身を理解していないからだ。                                                        ―



当院では患者参加型の医療を目指して、これまでもあらゆるツールを駆使していろんな情報を分かりやすくして来たつもりですが、より以上に「理解した上での同意 」となるようにさらに時間を取りたいと思う



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隣町大泉にある“カフェ・オトノ”       京都イノダコーヒ (”コーヒー”ではありません)本店生え抜きの乙野さんが淹れるアラビアの真珠(私はこれが昔から好みです),それに西田さんのこだわりのアップルパイほんまに逸品ですわ。カップもカトラリーも全てイノダで使用しているものです(ネームだけは変えてありますが)。それに昔ながらの角砂糖がごくフツーに付いてきます。小学生の頃から頑なに不変です・・・・・普段わたしは砂糖は入れませんが.イノダに行くと懐かしくて思わずいれたくなります  こんな山の中のカフェでイノダそのものが体験出来る・・・幸せ者です